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はじめまして、Jinと申します

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自己紹介・ご挨拶

はじめましてこんにちは。
私は大阪で会社経営を営んでいる、Jinと言うものです。

会社経営といっても、私を含めて社員2名、パートさん2名程度の小さな通販会社です。
このブログを執筆し始めた今年の年収は約600万ほど。
中小零細企業の社長さんとしてはそれほど多くもなく、少なくもないといった感じです。
ちなみにですが最高年収は1200万で、過去の最低年収は約60万円です。
現在は会社の成長に重点を置いているので、年収600万ほどにして会社の成長に投資しています。

さて、こんな私が何をお伝えできるのかと申しますと、それがこのブログのタイトルにもあるとおり、「本業を充実させるための考え方」です。

コンピュータ系の専門学校を在学中に新卒採用にあぶれて中途採用で入社した1人コンサルの零細企業さんへ就職してから約15年。
アルバイト2社(高校時代を含めると3社)、起業勤め2社、そして独立と言う職歴を経て今に至るのですが、その中で数多くの「成功している人」「失敗している人」「良い人」「悪い人」を見てきました。

また、社内ウェブ制作スタッフからはじまり、店舗販売スタッフ、営業、企画、店舗開発、事業部経理、新事業立ち上げ、チームマネジメント等など企業内で様々な役割を経験してきました。
今で言う「ブラック企業」のようなところにも務めたことがあります。(最高連続勤務28日/残業月300時間程/年収約300万円程)

独立した経緯も円満な独立などではなく、社内で大き目のゴタゴタがあり、辞めざるをえない状況になったため退職。
サラリーマンをすることが怖くなってしまったこと。
実家に帰ってもお金も仕事も無いことがわかっていたこと。
そして最後に20代後半だったことなどいくつかの要因があり、「できるところまでやってみよう」と、自由を求めてフリーランスのウェブクリエイターとして起業・・・というものです。

学もなく、金もなく、コネもなく、100万円以下だった貯金を切り崩しながら日々ギリギリの生活をすごし、ここまで来るのに約9年。
ようやく人を雇える状況になりつつも、小さな企業なので自分自身もプレイヤーとして通販業務にいそしむ毎日です。
物凄く簡単にまとめると、「たたき上げ」というヤツですね。

このあたりのヒストリーについては後々に詳しく語らせて頂くのですが、ザックリとした私の略歴はこんな感じ。

ハッキリ言って、「億万長者」とか「成功者」とかになる方法は私にはまだわかりません。
私が語れるのは、こう言った経験から「底から上がってくる方法」「どうやったら一定の収入を比較的安定して得ることができるようになるのか?」など、
一定レベルの収入をつかむ方法についてのみです。

今の現状に不満があり、少しでも状況をよくしたいと考えているあなた。
こんなヤツの話でよければ、読んでやってください。

少しでもお役に立てればうれしい限りです。

■職歴
これまで務めたアルバイト時代も含む職歴です。

▼高校生時代
友人の紹介で焼き鳥系の居酒屋でアルバイト(週3日)

店長一人、バイト2人の小さいお店なのでホールスタッフと洗い場を兼任していましたが、
基本的に人見知りで内向的な性格のため、注文時の声出しなどができず、1ヶ月でクビ。
店長からは「接客業に向いていない」と言われる。
結構スパッと言われてクビになったので、泣きながら帰ったのをうっすら覚えています。

▼専門学校時代
駅中コンビニでアルバイト(21時~12時半枠/集3~4日)

電車が来るたびに大量のお客様が流れ込んでくるため、
通常のコンビニよりはかなり忙しい業務内容でした。

ドリンクの商品補充などは早いと30分~1時間おき。
電車と電車の間にいかに素早くできるかがポイントだったので、
気付けば上半身に筋肉がついていました。

また、当時はタバコを商品番号ではなく銘柄で買ってもらう
形式でしたので、それを覚えてサクッと出せるようになることが大変でしたね。

一度ですが、まだ入って3ヶ月目くらいの頃に、態度の悪い先輩が出勤をすっぽかし、
一人で全部を担当した日がありましたが・・・あれは地獄でしたね。
途中で泣きそうにになりましたが、やりきった後は物凄い自信になりました。

▼専門学校時代1(就職活動期)
通信IT系のベンチャー企業(インターン選考)

就職活動をしていましたが、受ける会社全てご縁がなく(不採用)、大阪市中央区にある通信IT系ベンチャー企業に
「インターンシップ選考」と言う名目で仮採用。
この会社が新しく立ち上げたソリューション事業部と言うところに配属。
お給料が出ない形で選考期間が3ヶ月間。週3日程度勤務すると言う、今思えば物凄いブラックな条件ですね。
業務内容はいわゆる企業ホームページの制作や自社で運営していた楽天市場ショップの画像制作や商品登録でした。

本業はと言えば、一部経営者様にはおなじみの「IP回線」を導入する代理店業。
電話アポ→営業→契約のルーチンをひたすら繰り返すが、契約数の多い社員さんは
社長より多くの給与をもらっていたようです。
社名もそれにならって「●●コミュニケーションズ」とされていました。

▼専門学校時代2(就職決定)
一人社長が経営するインターネットコンサル会社

会社都合で選考に落ちた頃には専門学校生としての就職活動期間終盤の9月過ぎ。
選考落ちの理由があまりにも会社都合だったので、「就職先が決まるまではアルバイトとして残ってよい」と言ってもらいましたが、
新卒採用枠はほとんどなく、中途採用の企業も含め面接再開。
結果、大阪市天満橋にある個人経営のインターネットコンサル会社へ中途採用として在学中に就職決定。
社長さん一人とインターンの大学生が一人(確か同志社か立命だったと・・・。)でした。

業務内容は社内ホームページの管理と制作。後は運営していたASPサービスのサポートセンター業務が主。
月に1回ほど会員さん(小規模企業経営者様)に有料のニュースレターを発行していたので私も記事を書くことになったのですが、
専門学校生に何が書けるのか?と思いつつ、前職で知った「SEO」と言うものを勉強しながら記事を書きました。

就職して約1年。
事務所の移転と新しいスタッフさん2名を迎えて少し落ち着きかけた頃に、またまた諸事情により会社が解散することになり解雇。
社員でしたが雇用保険や社会保険などは一切かけてもらっておらず、実家の滋賀県から大阪へ引っ越してきた直後であったため、結構焦りました。
引越し前、社長さんにも「会社は大丈夫か?」と確認していて「大丈夫」と返事をもらっていたので、ショックは大きかったですよ。

▼社会人2年生(大阪引越し)
専門学校中退の友人に紹介された中古医療機器販売会社

前職に勤めだして半年くらいの頃に、専門学校で同クラスだった女性と
連絡を取り合う機会があり、その子の紹介で仕事の恩師と対面。
忙しいと言いながら3時間以上も一方的に話しまくる面接2回を経て採用となりました。

ネット通販・・・と言うにはかなり単価の高い中古医療機器を販売するための
ウェブサイトの運営サポートが主な仕事でしたが、社長の個人ブログの管理なども担当。
その後、営業・事務・経理補助・チームマネジメント・新規事業の立ち上げ・事業所の移転・人材採用・人材育成・
簡単な法務対応・社内調整・フランチャイズ・通信販売等々書ききれないくらいのことを広く経験させてもらいました。

普通にエピソードを書けば、「ブラック企業だ!」と言われること間違いなしですが、
この会社での経験が後の起業と、そこからの成長に大きく貢献しています。
※もちろん、前職までの経験も全て糧にしてきましたが・・・。

ただ、この会社も5年ほど勤務し、年商が3倍強ほどになった段階で(いわゆる)旧体制スタッフを追い出そうと言う動きが発生し、
見たことも無い就業規則を理由に会社に損害を与えたとして解雇。
損害賠償も請求されましたが、残業代などを「一切請求しない」と言う条件(と言うよりこれが目的で会社側が損害賠償の理由と金額をひねり出した)で追い出されました。

▼独立・フリーランス(個人事業主)

前職の退社事情により、勤め人が怖くなりました。
また、ITベンチャー企業時代の「26歳までに独立する」と言う宣言がここで効き、腕試し目的で27歳で独立。

独立と言っても貯蓄は2桁万でしたし、仕事もほぼ無い状態。
クライントは前職からお付き合いしていた1社だけで、そこからの収入は毎月5万円でした。

仕事はウェブサイトやページの制作ですが、仕事らしい仕事はほとんどなく、
時給単価にすると500円あるかどうかと言う安い仕事をこなしながら、今で言う副業(アフィリエイトやアドセンス)サイトを作り、
なんとか耐え忍ぶ毎日。

資金繰りなどを考えるとこの状況では1年持たない状態でしたが、幸運に恵まれて新しいお付き合いの道が開き、
少しずつ成長することができました。

▼株式会社の経営者

個人事業時代から「ウェブ制作で自分がずっと食べていくのは無理」とわかっていたので、
サイドビジネスとしてはじめていた通信販売が成長。
年商も1千間円を超え出した為、法人化を決定。

現在ではウェブ制作事業からは事実上撤退。
従業員数4名の小さな会社ですが、通販事業を軸に今後の展開を模索しています。